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『子猫をお願い』

『子猫をお願い』(DVD 05年3月27日鑑賞)
 ソウル近郊の仁川(インチョンです。ニガワじゃありません。私の住んでるところはニガワですが)の高校で同級生だった女の子5人、卒業してもたまに会って「友情」を確認しあってる。あまり意味のない儀礼的行為。だって、5人それぞれに進む道は別れ、たとえばソウルの証券会社でバリバリ働く子と実家の風呂屋を手伝ってる子とでは時間的ゆとりも話題もずれてきてる。証券会社の子が家事手伝いの子に退屈だからと電話するのと、その逆では社会的な意味が違う。なのに、
「あんただって、私に退屈だからって電話して来るじゃない!」とか、仕事中の電話で言われてもナァ。
 そんなわけで、5人の友情の脆さ強さとか、家族への複雑な思いとか、将来に対する不安とか、そういう、この時期でなければ味わえない、子供から大人への切なさみたいなのが透明感のある映像で切り取られていて、グッと来る感動作ではないけれど、なかなかの佳作。女の子の間でたらい回しにされる子猫はちょっと可愛そうかな。
 それにしても、韓国は豊かになったとつくづく思う。これが20年前の映画なら、5人のうちの一人は確実に売春宿に身を落としてる。それが現実と言うよりは、そう描かなければリアリティがなかったんだ。ただ、豊かさの中の貧富の格差は相変わらずシビアに描かれている。
(チョン・ジェウン監督 2001年 韓国 TAKE CARE OF MY CAT)

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『9.11 自由への扉』

『9.11 自由への扉』(DVD 05年3月25日鑑賞)
 女が他所の女の子に読み書きを教えただけで、その兄が当局に拘束される。というのも、タリバン支配下のアフガニスタンでは女は家畜と同じ、やったことの責任は身内の男が問われることになる。もちろん女も無事ではいられない。もう亡命しかない。
 で、アメリカにやってくる。でも女が本当にアフガンで迫害されていたのか、その女が本当にその迫害された女なのか、氏名を証明する者はいるのか? 書類はあるのか? 何もなければ強制送還しかない。
 このアフガン女性の弁護にあたるのが、プロボノ(ラテン語pro bono publico公共のために良いこと、の意。弁護士のボランティア活動みたいなもの)で引き受けた女性弁護士。アフガン女性への共感もなく、やる気もなく、気持ちは本職の巨額の裁判の方に行ってしまってる。でもアフガニスタンの状況を知り、女性の置かれた立場を理解する中で次第にこの難民裁定にのめり込んでいく。
 そんな矢先、起きたのが9.11のテロ。アフガン難民への風当たりはきつくなり、難民女性はついにキレてしまう。
「私はあのテロを起こした連中から逃げてきたのに! もう祖国に帰して!」
 ここで描かれた社会契約的国家における〈倫理〉の構造は『GODZILLA』に現れたのと同じ。〈倫理〉は、〈よそ者〉(難民)と〈身内〉(国民)の線引きの問題として、鋭く、激しく、問われてくる。
 製作が同じ移民国家であるカナダというところが味噌、かな。アメリカとカナダで〈倫理〉合戦をやってるってわけ。その意味じゃシリアスな『サウスパーク』かも。
 安っぽいけど、けっこう面白かった。
(ドン・マクブリーティ監督 2004年 カナダ Chasing Freedom)

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『LOVERS』

『LOVERS』(DVD 05年3月25日鑑賞)
 盛りを過ぎた唐王朝は次第に衰え、各地に叛乱が起こっていた。その叛乱組織の一つ、「飛刀門」なる秘密結社の頭目の娘が華街に潜んでいるという。盲目でありながら手裏剣の達人のこの娘、かぎつけた役人と大立ち回りを演じつつ、ついに捉えられてしまう。ところが拷問にかけられるその朝、何者かがこの娘を救い出してしまう。娘を救ったのは捉えたはずの役人で、自分もまた唐の朝廷に愛想をつかしているのだという。目の見えない娘を「飛刀門」のアジトまで連れていってやるという。
 どこまでが本気で、どこからが策略なのか。事態も感情もだんだん捻れていって、そこに「愛」も絡むからよけいややこしくなっていく。
 で、双方何がしたかったのか? 結局はよくわからない。ながらも、何一つ「あっさり」したところのない、まるで晩唐の詩人・李商隠を思わせる佳作。
参考:李商隠「夜雨寄北」
夜雨寄北 夜雨、北に寄す
君問帰期未有期     君は帰期を問うも、未だ期有らず。
巴山夜雨漲秋池     巴山の夜雨、秋池に漲る。
何当共剪西窓燭     いつかまさに共に西窓の燭を剪り、
却話巴山夜雨時     却って話らん、巴山、夜雨の時。
(チャン・イーモウ監督 2004年 中国 十面埋伏/LOVERS/HOUSE OF FLYING DAGGERS)

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『地球で最後の男』

『地球で最後の男』(DVD 05年3月25日鑑賞)
 目が醒めたらこの世が終わっていて、生き残っているのは自分だけ。
 キリスト教圏、とくにアメリカでは良くあるパターンなんだけど、これはもうカルト的に黙示録の世界。主人公は「ガブリエル」だし、得体の知れない天使は薄気味悪くてちゃんと二人(というか二体)でてくるし、犯罪者は焼き印を押されて死んでるし。それより、逆流する時間の中で明らかになっていく、救えなかった妻と子供のエピソードが気持ち悪いようであまりにも悲しい。ちょっとこの手の映画ではルール違反とも思える悲しさ。ただ、これがないと話が始まらないところが味噌になってる。ひと言で言えば変な映画。で、なんでここまで聖書カルトな作りになってるのかというと、実はそれがオチなんだけど、ちょっと納得いかないような、でもあり得るなと思ったり。低予算丸出しの実に変な映画。
(ダグラス・シュルツ監督 2004年 アメリカ DARK HEAVEN)

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『リディック』

『リディック』(DVD 05年3月25日鑑賞)
 あちこちの星の刑務所から脱獄を繰り返したすえ、今では賞金稼ぎに追われるリディック。暗闇でものを見ることが出来、しかもある特殊な出自で、予言によると、世界を救えるとすればこいつしかいない。で、悪辣なネクロモンガーなる侵略者とこいつらに征服されつつある平和な星の間に立って、直接的にはヒロインのため、でも大枠では世界のため、徹底的な肉弾戦を繰り広げる。
 もともとゲームから誕生した物語なので、ジャンルが新しい分、ハリウッドにしては「貴種」流離+〈死〉の物語的〈倫理〉の原形を留めてる。CGもアクションもなかなか。このあたりは雰囲気のよく似た『キャシャーン』とは雲泥の差。ただ、『キャシャーン』同様、背景がチャチなのが残念。『ピッチブラック』の続編。
(デヴィッド・トゥーヒー監督 2004年 アメリカ THE CHRONICLES OF RIDDICK)

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『クリムゾン・リバー』

『クリムゾン・リバー』(DVD 05年3月17日鑑賞)
 絵に描いたような猟奇的な殺人。生きたまま手を切ったり目玉を抜いたり。この死体のリアルさにちょっと引きながら、でも序盤のつかみはいいんじゃないかな。別々の事件を追う二人の刑事が偶然出会って事件の真相に迫っていくという設定もいいし、なによりジャン・レノとヴァンサン・カッセルの掛け合いが楽しい。でもこのオチは何ですか? まるで『カムイ伝』じゃないかと思ってしまう。それにせっかく閉鎖的な大学の秘密とかも絡んで期待させたのに、優生学の使い方がチャチすぎて期待はずれ。
 それでもこの手のフランスのサスペンスモノの中では良くできてる。
(マチュー・カソヴィッツ監督 2000年 フランス THE CRIMSON RIVERS / LES RIVIERES POURPRES)

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『69sixtynine』

『69sixtynine』(DVD 05年3月11日鑑賞)
 エンプラ闘争(ってわかるかな。ベトナム戦争反対運動の一環ね)とかを背景に佐世保の高校生の1969年を描く。なんというか、こういう世界に憧れてた時期もあったんでひたすら懐かしい。主人公たちがエネルギーの持って行き場をバンドやバリケードやフェスティバルに振り向けていく様には共感できるし、なにより妻夫木聡がうまいから脚本の弱さもカバーされてる。あの時代を懐かしみたい人には麻薬のような映画かも。
 で、観ていて思ったのは、当時の左翼に走った若者たちの二類型が結構上手く描かれてるなということ。「自由」という入り口から左翼に走った者を「エゴイズム」型とするなら、「平等」という入り口から入ったのは「リゴリズム(倫理的厳格主義)」型。映画では「エゴイズム」型を妻夫木聡が、「リゴリズム」型を安藤政信が演じており、妻夫木はすぐに運動を離れ、安藤は最後まで残ったとされる。この舞台となった1969年以降、左翼は内ゲバの泥沼に入って自滅していくが、これは「リゴリズム」型のみが残ってしまった悲劇だろう。「エゴイズム」より「倫理」の殺人の方が恐ろしい。実際、私の結婚証明書にサインをしてくれた知人も内ゲバで人を殺して障害者の妻と幼子を残して獄中の人となった。もしこの人が「エゴイスト」だったら人殺しにはならなかったろう。この人にとって殺人は「倫理」的行為だったのである。この「倫理」は極めて異様だが、中にいる者にはその異様さはわからない。と、まあ、そのような悲劇に到る前の一服の牧歌的コメディとしてどうぞ。
(李相日監督 2004年 日本)

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『復讐者に憐れみを』

『復讐者に憐れみを』(劇場 05年3月10日鑑賞)
 聾唖者の弟が難病の姉を救うために臓器売買組織に連絡をとって貯金と腎臓を騙し取られ、弟は仕方なく極左のイカレ娘の口車に乗ってかつての上司の娘を誘拐、金を盗ったらすぐに親の元に返すはずが、姉は弟の誘拐を諫めて自殺、誘拐した娘も姉の死体を埋めに行った故郷の川で溺れ死に、娘の父親は怒りに燃えて極左のイカレ娘を探し出して拷問、その間に聾唖者の弟は臓器売買組織に殴り込みをかけて皆殺しにして腎臓を抜き、戻ってくればイカレ娘は拷問の末に死んでいて、家に帰れば今度は元の上司の不意打ちに遭い、元上司は娘の死んだ川で聾唖者の弟のアキレス腱を切って溺れ死なせ、その死体を解体したところで極左のイカレ娘の仲間らしいテロ組織に滅多刺しにされて息絶えながら胸にナイフで突き立てられた血まみれの「判決書」を読もうと顎を引きまくって必死に呻く……いかん、全くのネタバレになってしまった。でも、こんな映画、観たいですか?
『オールド・ボーイ』の監督の復讐モノ第一作らしいんだが、これはまた救いようがない。実に韓国的に救いようがない。
(パク・チャヌク監督 2002年 韓国)

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『真珠の耳飾りの少女』

『真珠の耳飾りの少女』(DVD 05年3月8日鑑賞)
 画家とそのモデルを巡る静かな静かなお話し。使用人のちょっとした仕草に次作のインスピレーションを得たフェルメールは、この使用人の少女・グリートがたぐいまれな色彩感覚を持っていることに気付く。こうして「カメラ(オブスキューラ)」の説明から、最終的には顔料の配合までまかせてしまう。お互いに認めあう二人。明らかに心も通じ合っている。当然、フェルメールの奥さんはキレる。ドロドロになる。でもフェルメールとグリートの間には男と女の関係はない。プラトニックな感じが、いい。
「青いターバンの少女」そのもののスカーレット・ヨハンソンがいい。『ロスト・イン・トランスレーション』も観てみようかな。
(ピーター・ウェーバー監督 2003年 イギリス・ルクセンブルグ GIRL WITH A PEARL EARRING )

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『東京原発』

『東京原発』(DVD 05年3月1日鑑賞)
 悪化する財政状況を打破するため、東京都知事は決断した。
「東京に原発を誘致する。東京はこれからバラマキを受けとる側になる」
 この計画を聞かされた側近たちは仰天、とりあえず反対派の「教授」を呼んできて原発の危険性についてレクチャーを受ける。
 このあたり、かつて反原発運動の周辺にいた者としてはヒジョ~に懐かしい。懐かしく、かつ、やっぱり原発はマズイわな、と思ってしまう。でも物語としては単純でヒネリがないから見続けるのには少々忍耐力がいる。シナリオも良くないし。
 サブストーリーとして進行するプルトニウム・ジャックも底が浅い。
 啓発映画にしては良くできたほう、かな。原発とか代替エネルギーに関心のある人は観てもいいかも。
(山川元監督 2002年 日本)

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